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2010年12月20日 (月)

平成22年度Theあしかが学(後期)講座レポート第3回

124日(土)、「上智大学サテライト講座・Theあしかが学(後期)にんげん学入門―こころの学びのススメⅡ―」3回目の講座が開催されましたshineshine今回の先生は上智大学文学部フランス文学科教授の永井敦子(ながいあつこ)先生でしたcherry

「言葉と生きる―20世紀のフランス詩人フランシス・ポンジュ―」

~幸福に生きる理由~

「あらゆる詩(ポエム)に、次のような題を付けることができて然るべきではないだろうか、幸福に生きる理由、と。」

フランシス・ポンジュ『前詩』より「幸福に生きる理由」(1948年)

多くの人にはあまりなじみのないフランスの詩人フランシス・ポンジュの詩は、日常の中から生まれる作品です。ポンジュは詩作が忙しい日常生活にブレーキをかける役割を果たすこと考えた詩人で、それが彼の「幸福に生きる理由」でした。

ポンジュの作品の特徴をとらえるために『物の味方』という詩集に着目します。まず詩集の題を一目見て漢字の間違いではないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これで正解です。ポンジュは物の側に立ち、それが自分(人間)の役に立つという人間中心の視点ではなく、物は物としてじっくり見たらそこに何が見えるのかと考えて作品をつくるのです。

『物の味方』は1942年、第二次世界大戦のさなかに出版された32篇の散文詩からなる詩集です。20世紀のフランス詩の中心は散文詩で、行分けもなくつらつら書き連ねるものでした。散文詩は、韻律、字数、句法などに制限のある韻文詩とは異なって、一見小説や手紙のような自由な文章の詩です。ポンジュの散文詩はまるで学生の課題論文のようで、はじめに導入部があり、物の形容を感覚的にとらえた展開部があって、結論へと導かれるのです。

それでは、『物の味方』を執筆していた時のポンジュをとりまく環境はどのようなものだったのでしょうか。『物の味方』の出版年は1942年ですが、作品の大部分は1930年代に書かれたものです。そのころのフランスは、ヒトラー率いるナチスが第一党になったドイツの脅威を感じ、イデオロギーも混乱し、心穏やかな時代ではありませんでした。ポンジュはアシェット書店の発送部門で単純作業に従事し、組合活動にも参加していました。私生活では結婚後娘が誕生し、一家の大黒柱として家庭を支えねばなりませんでした。このように、ポンジュが『物の味方』を執筆したのは公私ともにひっ迫した状況の時で、恵まれた環境の中ゆっくり書いたわけではなかったのです。

そのような環境の中でポンジュはどのように詩を書いたのでしょうか。ポンジュの『物の味方』は「毎晩寝る前の20分の産物」と言えます。ポンジュは忙しくて疲れた日々を送りつつも、眠る前の20分間に日常からの離脱を試みました。ポンジュは、詩作にあたって一つの物体、一つの概念を観照し、文字や言葉をつなぎ合わせて短いテキストをつくります。その際、1.物をじっくり見て主観的感情をはさまずに言葉で物を写生する、2.有用性重視の人間中心的思考から物を解放する、3.普段より近くから物をゆっくり見る、などして凝り固まった物の見方を改めます。すると新しいユーモア、皮肉、官能性、驚き、発見が導けるのです。

その具体例として『物の味方』から「ドアの楽しみ」「蝸牛」、『やむにやまれぬ表現の欲求』(1952年)から「一羽の鳥のためにとったノート」を読みました。作品でポンジュは物の音や形に注意をはらい、言葉の語源を思い出させたり、語呂合わせをしたりして、言葉との新しい関係を築いているようでした。

以上のように、ポンジュは月並みな日常における新世界との出会い、自分の中で忘れていたこと気づかなかったこととの出会いを経験し、それを言葉によって詩として紡いでいきました。これがポンジュの幸福に生きる理由だったのです。そしてこれは私たちの「幸福に生きる理由」としてのヒントを与えてくれるのかもしれません。

「私が一つの理由と名づけるものが、他の人々にはただの記述あるいは報告、あるいは何の意味もなく無用な描写と見えるかもしれない……観照によって(物をじっくり見ることで)歓びが私にやってきたのだから、描写によって(詩をつくることで)歓びの回帰が私に与えられる……こうした歓びの回帰、感覚をひきおこす対象を憶い出してさわやかな気持ちを得ること、それこそまさに、私が生きる理由と名づけるところのものだ。」

フランシス・ポンジュ『前詩』より「幸福に生きる理由」(1948年)

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